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<トーホクトークの記事>
会津へ行ってきました 2012年4月26日

先日はお休みをいただき、
福島県会津へ観光に行って参りました!
3年振りになります。

東北新幹線から磐越西線に乗り換えまして〜
自宅から約4時間で会津へ着きました。

小雨の降る中でしたが、
会津若松から、恵隆寺〜長床〜勝常寺とまわりました。

20120426-1.jpg 長床

20120426-2.jpg 勝常寺

今年は雪が多く、随分と寒かったようで、
やっと新芽が出てきたような、
春の到来というよりは、冬の終わりの様な風景でした。

道中、まだ直していないお屋根もたくさん見ました。
いくつか見かけた、仮設住宅。
小学校は、除染したと思われる土が端に寄せられていました。
福島が抱える問題は、人ごとで済ませてはなりません。

慣れない車での移動も終わり、
山の奥のお宿でゆっくり、そして美味しいお食事。
福島産の野菜やお肉、日本酒!さすが米どころ!
お腹いっぱいいただきました。

二日目は会津若松市内をまわりました。
晴れて急に暖かくなったので、前日とはまるで違う風景...。
一日でこんなに花が開くのか、と驚く程です。
鶴ヶ城の桜も3分咲きとなり、人が集まってきていました。

20120426-3.jpg 鶴ヶ城 天守閣より

お買い物をしながらぶらぶら歩いた七日町で、
素敵な酒屋さんを発見!
ゆっくり出来なかったのが残念でしたが、
日本酒、ワイン、おススメの会津産をゲットしました。

地元の方々からは風評被害に悩む声もお聞きしましたが、
会津は周りに山が美しく連なり、水が豊かで、人は温かく...。
歴史と伝統にも触れられます。

会津、とっても良いところです!!
GWにいかがでしょうか?






あれから1年 2012年3月12日

昨日、東日本大震災から1年が過ぎました。
心からの復興を願っております。

日に日に報道が少なくなる中、
被災地の現状等をご覧になった方も多いのではないでしょうか。

過去の震災や天災、その他の大きな事件事故も
日ごとに気持ちは薄らいでしまいます。
深い傷を負った方や、大切な人を失った方は
たとえ何十年経っても、日々忘れる事はないでしょう。

それぞれに想う事には違いがあって当然です。
それらを想う時に言葉や行動があるのだと思います。

真冬に桜の木を気にかける方は少ないでしょう。
でも冬の桜を観察しますと、
枝の様子や美しい木肌などがよくわかります。
花が咲くのを心待ちにし、満開に目を奪われ、
新緑や紅葉を楽しみ、桜はいつでもそこにあるのです。

春が待ち遠しいですね。
日鳥ハイツの梅はそろそろ満開です。

20120312-1.jpg






南三陸町の話 4 2011年12月 9日

山には田畑があります。
震災後に田植えをして、稲が刈られた後です。

20111209-3.jpg

地区にもよりますが、電気が通るまで約1カ月
水道が復旧するまで約3カ月かかったところもあります。

不自由な間はみんなで助け合って生活をしていたそうです。
その頃東京では買占めや品不足がありましたね。

東北新幹線から見る風景は宇都宮あたりから
屋根にブルーシートがかかっているお家がたくさんありました。

震災以降、現地はどうなっているのか、何か出来る事はないのか...
日々考えております。

情報や支援の形は色々ですが、ストレートに伝わる事ばかりでもなく
矛盾や誤解もあるようです。

震災に限らず、一人の力はわずかですが
一人ひとりが気持ちを持っての言動とあらば、
誰かの笑顔に繋がると信じております。

また来年、南三陸町はもちろん東北を訪れたいと思います。

20111209-4.jpg

東北のお話しでした。






南三陸町の話 3 2011年12月 9日

20111209-1.jpg

右の赤い鉄骨がよく報道されました防災庁舎です。

屋上に上がった役場の方々が波にのまれ
たくさん犠牲となってしまいました。

左の大きな建物が町の病院でした。
まだ船が乗ってます。
私もここで産まれました。

当日の写真や映像を見ると津波にのまれた町は
信じられない光景でした。
今は、避難所になっていた別の場所の駐車場に
仮設の病院があります。

プレハブでできた病室内は狭いので、
待つ方が増えると外の椅子になります。

夏の暑さやこれからの寒さを考えますと
病人やお年寄りには大変厳しい事と思います。

ぽつりと建っているコンビニもプレハブです。

20111209-2.jpg

海ではタコの水揚げもしていますし、ワカメの種付けや
ホタテの養殖の準備も少しづつ進んでいるそうです。
本当に、皆さんたくましい。

仮設住宅にもおじゃましました。
作りは色々ですが、共通して狭くて寒いです。
(きっと夏は暑かったでしょうね。)

エアコンはありますが、一部屋だけになので
台所やお風呂場(ユニットバス)はたぶん外の気温に近いです。

2年間とのことですが、その間のご苦労と
2年後にどうなっているのかを想像すると・・・

心からの早い復興を願うばかりです。

...つづく






南三陸町の話 2 2011年12月 8日

リアス式海岸の独特の地形ですので
海と山が隣り合わせで入り組んでいます。

平地を押し流し、川を逆流し、
押し寄せた津波の最終到達地点は海が見えない山の中。

「どうしてここが?」
と思うようなところもお家が無くなっていました。

海水に浸かった山の木々が茶色く枯れ始めています。

20111208-4.jpg

ぽっかり空いている穴は
海沿いを走る電車、気仙沼線のトンネルです。
線路も駅も流されてしまい、復旧の目途がたっていません。

歩く人もなく、通るのは車ばかりですが
橋の柵は当時のまま、

20111208-5.jpg

壊れてしまった大きな橋もそのままです。

20111208-6.jpg

この翌日に、やっと信号機が設置されたそうです。
震災から9カ月が経つ頃です。

..つづく